原文
月落烏啼霜満天
江楓漁火対愁眠
姑蘇城外寒山寺
夜半鐘声到客船
1996年9月5日玉島テレビ放送株式会社の番組『漢詩のある風景』取材のため、寒山寺を訪れた時のもの








読み下し
月落ち烏啼いて霜天に満つ
江楓漁火愁眠に対す
姑蘇城外の寒山寺
夜半の鐘声客船に到る
読み
ツキ オち カラス ナいて シモ テンに ミつ
コウフウ ギョカ シュウミンに タイす
コソジョウガイの カンザンジ
ヤハンの ショウセイ カクセンに イタる
意味
月は西山に没し、烏は鳴き、霜の気配は空一面に満ち満ちている。
岸のかえでや点々とした漁り火が、旅のうれいのために熟睡できず、うつらうつらとしている目に映ずる。
もう夜が明けるかと思っていると、姑蘇城外の寒山寺から夜半を知らせる鐘の音が
私の乗っている船まで聞こえてくるのであった。
作者
張継(756頃)中唐の詩人。字は懿孫。㐮州(湖北省㐮陽県)の人。天宝12年(753)の進士。鎮戎軍幕府の属官となり、また塩鉄判官となった。大歴年間(766~779)宮中にはいり、検校祠部郎中となった。『張祠部詩集』1巻がある。
古来この詩を巡っては小理屈がついてまわる。「夜に烏は啼かないから、明け方の詩であろう」とか「夜中に鐘は鳴らないのでは」とか・。そんな雑念を一切払って、素直に情景を味わってみたい。作者は、明朝はいよいよ蘇州中心部へ入る、というわくわく感と、旅の落ち着かなさで、船中眼が冴えている。月が沈み、烏が一声啼き、漁り火に照らされている部分だけ、紅葉した楓葉がチラリと赤く浮かぶ。寒山寺から鐘の音が聞こえてくる。名作ほど、無駄にひねった言葉がなくわかりやすい。果たして、この詩以来、蘇州を訪れるものは等しく「楓橋夜泊」と題して詠わずにはいられないほどの大ヒットとなった。
ところで、そもそも張継はなぜこの場所で船泊まりしたのだろうか。とっとと宿に入って楽に宿泊したらいいではないか。
姑蘇城の城とは、建物としてのお城ではなくて、姑蘇=蘇州の街という意味。街の中核部を堅牢な城壁で囲み、その中が姑蘇城内、城壁の外回りの地域も広い意味で姑蘇の一部で、城外と呼ぶ。時間になると、防衛のため、城壁の門を閉める。水の都蘇州では、陸地の城壁を閉めるだけでは不十分なので、水路側の門も閉める。その1つが楓橋で、張継は楓橋がしまってしまったので、船中で1泊することにしたのだ。
「愁眠」「客船」の言葉を当てているし、訳文には必ず「旅のうれいのために熟睡できず」などと書くが、作者は辛く悲しいわけではない。旅に出ると、それまでのしがらみを断って、全く新しい、自分でない自分になれる。どんな人間にも仮想することができる。孤独は人生のごちそうだ。冷えた空気が想像の翼をいい具合に刺激して、詩作や文章を練るのも楽しい。明朝、楓橋の門が開けば、いよいよ姑蘇城内に入っていくのだ。(Rosen.H)
